2013年01月16日
師匠突然来沖 最終回
古酒でベロベロに酔っている師匠を助手席に乗せ
知念へ向かう。
「こっからは20分くらいだよね?」と師匠は言うが、
宜野湾から20分で行くわけないだろう。
まあ、仕方ない。
師匠は酔っているせいか、良くしゃべる。
「ポンコツ君、かなぐすくさん宅での話を聞いたよね?」
「はい、ありがたいことですが、恐れ多くて…」
「コンクール受けなさい!
」
「いや、師匠を裏切ることは…
」
「別に裏切りじゃない。かなぐすくさんが私と従兄弟同士だから言うのではない」
「掛け持ちなんて許されるのですか? それに、いろんな人の言うことを
聞くと、混乱します。どれが正統派なのか、正統派なのか私にはわかりません。
会長、名誉会長、相談役、顧問…。誰が一番エライのですか?」
「ポンコツ君、モネ君だってかけもちだろう?」
「えっ」
「モネは今八重山民謡がメインだろうから、全然私の所には来ない(苦笑)。でも、
モネは今でも私の弟子だよ。モネは多良間に来れば、すぐ宮古民謡を歌えるさ
」
「でも、宮古民謡は流派がたくさんあって、流派によって弾き方も歌い方も違うではないですか?」
「違うといっても、掛があるかないかとか、そんな程度だよ。
例えば本土の人が歌っている“多良間しゅんかに”ではなく、
“多良間ションカネ”だと全く別物だから、一言言いたいが…。
使い分けをすれば良い。かなぐすくさんの弟子となって、
かなぐすくさんに“豊年の歌”を習ったらかなぐすく流で歌う。で、
私と会うときは私の教えたとおりに歌う。使い分けなさい。
モネはそれができるレベルだ。で、ポンコツ君、君もそれができるはずだ。やりなさい!
」
去年、多良間へ行ったとき“19の春”の替え歌を歌う師匠に失望し、
師匠を変えようかみたいなことを本気で考えた。
師匠はそんな俺の心を見透かして言ったのかも知れないが。
背中を押してくれたのだから、踏み出してみようかな?
しかし、ここでは書けない、踏み出せない事情がある。

車は与那原を過ぎて国道を進んでいく。
「師匠、この通り沿いに師匠と同じ苗字“手登根”のバス停があるのですよ。案内します
」
「そうか、私の苗字がバス停になっているのですね。楽しみだ。私のルーツかもしれないね
」
旧佐敷の市街地を走っていると、【第二手登根】というバス停に着いたのでここで車を停めた。
「師匠、師匠の苗字ですよ!」
「本当だ、本当だ!
このバス停は私の集落なのか? 手登根さんって方が居るのか? 私はね、自分の苗字の人の名前、
つまりね、“手登根さん”って呼んだことがない。だって今まで会ったことがないし、
多良間には居ないからね。今日は夜遅いからまた次回ね、ここへ連れて来てくれ!
ここの集落の長老さんを表敬していろいろ
話を聞きたいね。だってここは私のルーツかも知れないんだよ!
ポンコツ君、今日は良かった。ほんとにありがとう! ありがとう!」
師匠が俺に感謝の言葉を言うなんて初めてだな。
なんか、グッとくるものがあったな。
さて、11時前にようやくゆまちゃん宅に着いた。
ゆまの機嫌が悪かったことは言うまでもない。
ダンナは既に寝ている。
師匠は孫を抱っこし、自分はゆまちゃんが作ってくれたカレーを
もらって後にした。
さて、今月は18日に人前で歌う行事があるから、稽古に励みましょう。
まあ、宴会のBGMでしかないのだが(苦笑)。
知念へ向かう。
「こっからは20分くらいだよね?」と師匠は言うが、
宜野湾から20分で行くわけないだろう。

まあ、仕方ない。
師匠は酔っているせいか、良くしゃべる。
「ポンコツ君、かなぐすくさん宅での話を聞いたよね?」
「はい、ありがたいことですが、恐れ多くて…」
「コンクール受けなさい!

「いや、師匠を裏切ることは…

「別に裏切りじゃない。かなぐすくさんが私と従兄弟同士だから言うのではない」
「掛け持ちなんて許されるのですか? それに、いろんな人の言うことを
聞くと、混乱します。どれが正統派なのか、正統派なのか私にはわかりません。
会長、名誉会長、相談役、顧問…。誰が一番エライのですか?」
「ポンコツ君、モネ君だってかけもちだろう?」
「えっ」
「モネは今八重山民謡がメインだろうから、全然私の所には来ない(苦笑)。でも、
モネは今でも私の弟子だよ。モネは多良間に来れば、すぐ宮古民謡を歌えるさ

「でも、宮古民謡は流派がたくさんあって、流派によって弾き方も歌い方も違うではないですか?」
「違うといっても、掛があるかないかとか、そんな程度だよ。
例えば本土の人が歌っている“多良間しゅんかに”ではなく、
“多良間ションカネ”だと全く別物だから、一言言いたいが…。
使い分けをすれば良い。かなぐすくさんの弟子となって、
かなぐすくさんに“豊年の歌”を習ったらかなぐすく流で歌う。で、
私と会うときは私の教えたとおりに歌う。使い分けなさい。
モネはそれができるレベルだ。で、ポンコツ君、君もそれができるはずだ。やりなさい!

去年、多良間へ行ったとき“19の春”の替え歌を歌う師匠に失望し、
師匠を変えようかみたいなことを本気で考えた。
師匠はそんな俺の心を見透かして言ったのかも知れないが。
背中を押してくれたのだから、踏み出してみようかな?
しかし、ここでは書けない、踏み出せない事情がある。
車は与那原を過ぎて国道を進んでいく。
「師匠、この通り沿いに師匠と同じ苗字“手登根”のバス停があるのですよ。案内します

「そうか、私の苗字がバス停になっているのですね。楽しみだ。私のルーツかもしれないね

旧佐敷の市街地を走っていると、【第二手登根】というバス停に着いたのでここで車を停めた。
「師匠、師匠の苗字ですよ!」
「本当だ、本当だ!

つまりね、“手登根さん”って呼んだことがない。だって今まで会ったことがないし、
多良間には居ないからね。今日は夜遅いからまた次回ね、ここへ連れて来てくれ!
ここの集落の長老さんを表敬していろいろ
話を聞きたいね。だってここは私のルーツかも知れないんだよ!
ポンコツ君、今日は良かった。ほんとにありがとう! ありがとう!」
師匠が俺に感謝の言葉を言うなんて初めてだな。
なんか、グッとくるものがあったな。

さて、11時前にようやくゆまちゃん宅に着いた。
ゆまの機嫌が悪かったことは言うまでもない。
ダンナは既に寝ている。
師匠は孫を抱っこし、自分はゆまちゃんが作ってくれたカレーを
もらって後にした。
さて、今月は18日に人前で歌う行事があるから、稽古に励みましょう。
まあ、宴会のBGMでしかないのだが(苦笑)。
Posted by ポンコツ34@那覇 at 21:10│Comments(0)
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